魂の法則:イエスの地上での使命ーその1ー

イエス

イエスが出てくると宗教の話かと思われるでしょうが、エネルギー治療や催眠療法は、「輪廻転生」「生と死」「神」に非常に関連が深いため、イエスという実在した人物がなぜ、この地球に降り立ったのかという観点からこの章を読んでみるならば、色々と腑に落ちることは多くありますし、知っておく必要性を強く感じました。

是非、キリスト教の話としてではなく、神道や自分の地球上で存在価値などとも関連がある話であるととらえて感じてみてください。

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*イエスが言ったとされる言葉と関連させて物事を説明されることがあることに気づきましたが、どうしてそうするのですか。

その場を借りて、ついでに君のもう一つの質問にも答えようとしてい るのだ。ナザレのイエスの真相について知りたいと思っていたのは、君ではなかったかね?

*そんなことも知っているのですか。

もちろんだ。

*この話が出たので、ナザレのイエスについて、聞きたいことを言いま す。彼が本当のところ誰だったのか、地上での使命があったのだとした ら、それが何だったのか知りたいのです。

良かろう。生まれてから二千年も経つのに、彼のメッセージはまだ正 しく理解されてはいないのだ。

*どういう意味ですか。

彼の死後、あたかも彼のものであるかのように、無数の付け足しが盛り込まれていって、携えられた教えの本来の意味が徐々に歪めてられて しまったのだ。

イエスの使命を理解するには、彼が言ったように、「麦粒」と「麦 殻」、つまり真実と偽りとを区別する必要があるのだ。

*それで、彼の任務は何だったのですか。何をしに来たのですか。

霊的進化の道を教えに来た。「魂の法則」を教えに来たのだ。 中でも「愛の法則」の伝道に力を注ぎ、「汝の隣人を自分のごとく愛しなさい、汝の敵を愛しなさい」という無条件の愛のメッセージをもた らした。

*ナザレのイエスは、神自身の生まれ変わりだったのですか、それとも 神の子だったのですか。

ナザレのイエスは、非常に進化した魂が転生したものだった。

*では、神の生まれ変わりではなかったのですね。

そう、神の生まれ変わりではなかった。だが彼は、自分が神であるな どとは、一度も言ったことがなかった。そう断定したのは、イエスの後にやって来た、別の者たちだ。

*少なくとも、神の子ではあったのですね。

そう、君たちと同じように真の神の子だ。違いと言えば、彼はそれを自覚していたが、その他の人たちには自覚がない、ということだけだ。

*それなら、イエスはそれほど超自然的でも神聖な存在でもなく、僕た ちのようにただの人間だったのですか。

君たちのように正真正銘の人間だったが、もっと高度に進化していた。 進化することで段々と神に近づけると理解するなら、イエスは君たちよりも神に近かったと言えよう。

*でしたら、僕たちも進化すれば、イエスが転生した時の進化レベルに 到達できるのでしょうか。

そうだ。しかも、同じレベルに限らず、もっとずっと高いレベルに達することも可能だ。霊的進化の工程は、止まるところがないのだ。

だが、それがただ一度の肉体生では無理なのは明らかだ。イエスと同じ域に至るには、君たちも多数の転生をして、無数の体験をする必要があろう。それに、君たちがそこに達する頃には、イエスも他の全ての魂と同じように進化を続けているので、さらに高いレベルに進んでいるで あろう。

*イエスも進化するために、輪廻のサイクルを経験しなければならなかった、とほのめかしているのですか。それは、かつては僕たちのように全くの未熟者だった、という意味ですか。

そう示唆しているのではなく、断定しているのだ。イエスも君たちと同じように、物的界での経験を通して改善せねばならなかった。そして、 自分の意志力と個人的な努力によって、地上で果たした任務を遂行する上で求められた進化のレベルに至ったのだ。

君たちはイエスが行ったことに強い衝撃を受けたが、それをほとんど理解することができなかった。

*イエスは、進化を続けるために、肉体に宿って十字架上で死ぬ必要が あったのでしょうか。

いや、すでに何のカルマも負債も背負っていなかったので、その必要 はなかった。あれほど酷な最期を迎える必要もなく、自己進化を継続できたであろう。だが、それがどんな影響をもたらすかを知っていたので、 好んでそうしたのだ。

イエスが偉大なのは、カトリック教会があれほど強調してきたように、 十字架にかかって死んだことではない。もしもそれがイエスの功績なのだとしたら、その時代にはそれが罪人の処刑法だったので、同じ形で死んだ何十万人の人びとにも、功績を認めなければならないだろう。

イエスの最大の功績は、携えてきた愛のメッセージを布教した果敢さと勇気にあるのだ。そうすることで、多大な苦悩や死さえも被ることを 知っていたにも関わらず、誰の脅しにも屈せず、自分の考えを変えることがなかった。

*では、何のためにそうしたのですか。

後進の同胞への愛のためだ。イエスのように無条件の愛を知った魂は、

償いの必要性のためではなく、遂行せねばならぬ任務のために行動するのだ。通常それは、どのように愛をもって生きるかの手本を示すことと関係している。

魂は、ある段階からは、愛だけを動機として行動する。多くの魂が、 発展の遅れた世界への転生を希望し、後輩を支援して愛に生きることで、 もっと速く幸福に到達できるようにする。

この場合に遭遇するネガティブな状況は、贖罪のためではなく、霊的に劣った世界自体に元来備わっているものだ。だが彼らは、苦痛も死も怖れていないので、そのような苦悩を味わうことや殺されることすらい とわない。高次に進化しているので、死が存在しないことを知っており、 肉体の命は魂の命のほんの一瞬に過ぎない、と分かっているのだ。

*では、劣った世界に転生する高次の魂が、学ぶためにではなく、教えるためにだけやって来るのだとしたら、その人生では余り進化できないのでしょうね。

いや、そうではなく、人生のいかなる試練からも学び取ることができ るので、教えるためだけではなく学ぶためにもやって来るのだ。そして、 自己の愛と理解の度量を常に試されることになるので、自分と同等レベ ルの世界にいるよりも、速く進化できるようになるのだ。

さらに、愛に満ちた環境では露呈せず、極限状況でなければ表面化しないような、奥深く隠れた自分の欠点を浮き立たせてくれる。こうして、欠点を改善する機会が得られるので、我欲を除去する面で前進できるの だ。

*イエスの話に戻りますが、彼はどこからも援助を受けずに、独りで仕事をしたのですか。

人が愛に突き動かされて尽くす時には、さらに進化した霊的存在からの影響を受けるにふさわしくなる。イエスの場合は、その中でもロゴ ス・キリストに影響された。

*ロゴス・キリストとは誰ですか。

君たちの惑星の進化の最高責任者となる霊的な存在だ。

*でしたら、聖なる三位一体の三人とは、神とキリストとイエスなので すか。

それは分からない。そう言い出した人たちでさえ、それが何を意味しているのか知りはしないと思うからだ。

断言できるのは、神が唯一であることと、キリストとイエスが、神とは異なる別々の存在であることだ。それゆえ、彼らは神でも神の顕現でもないが、御心と調和しているので、神の代理人とか神の使者、などと捉えることは可能だろう。つまり、彼らは「愛の法則」を遵守する者で、 進化の計画に自主的に参加しているのだ。

*キリストはイエスを通してどのように行動したのですか。

イエスはある時点から人生の最後の数年間は、ロゴス・キリストにイ ンスピレーションを与えられ、励まされて、行動した。実際、イエスが任務を完了できるためには、その必要があったのだ。

*でしたら、話していたのはイエスですか、それともキリストですか。

二人で行動していたと言っておこう。キリストから閃きを与えられて、イエスが話していたのだ。だが、イエスは決して自分の意識や個別性を失わなかったし、自由意志を失いもしなかった。

*イエスは、地上に再び生まれ変わるでしょうか。

キリストは必要とあらば、人間の進化段階にいる魂を転生させて、いつでもそれに顕現するだろう。イエスの前にもそうしたことはあるし、 地球の霊的進化が求めるなら、今後も再び、そうするであろう。転生するのがイエスであるか、別の似たような進化程度の者であるかは重要ではない。

予め言っておけるのは、新たな救世主・預言者・アバターなどとして生まれ変わる際には、キリスト教徒が待ち望むように、茨の冠に十字架を背負ったナザレ人としてではないし、釘で血にまみれた手もしてはいないということだ。外見的には、普通の人であろうが、通常の域を超え る、愛と霊的叡智の能力を備えていることだろう。だがそれは、隣人愛 のメッセージと霊性進化と同調できる者にしか感知されないのだ。

またイエスが現代に転生した場合に、最初に彼を攻撃して布教させまいとあらゆる手段を講じるのは、イエスを旗印にしている教会そのもの のお偉いさん方だろう。なぜなら、彼の教えが地球の人類の心に浸透してしまえば、彼らが宗教的貴族でいられる日々も数えるほどとなり、凡 人に帰してしまうからだ。

*イエスについて最初に話された時に、彼の本来のメッセージには多く の付け加えがされて、伝えたかったことを歪めてしまった、と言われま したね。当初の教えと、後世の追加事項とを、どう見分けるのですか。

ごく単純に、「魂の法則」に反する信念はどれもイエスの教えではな い、ということになる。イエスはこれらの法則を熟知しており、聞く耳を持つ者に伝達しようとしたのだ。

*イエスの真の教えの中で、最も大切なものを幾つか挙げていただけますか。

もちろんだ。

1.全ての人間は、人種を問わず、性別や宗教を問わず、同じ本質であ る。すなわち、皆、進化途上の魂であり、それゆえ、兄弟である。

この根本的な教えは、以下の金言に収められている。

「神の御言を聞いて行う者こそ、わたしの母、わたしの兄弟なのであ る」(ルカ 8,21)

「誰でも天におられるわたしの父の御心を行なう者が、わたしの兄弟、 姉妹、また母である」(マタイ 12,50)

このことから、魂の進化の工程から除外される者など一人もいないこ とが分かる。どんなに酷い罪業を犯したにせよ、決して見捨てられはせ ず、永遠に有罪とされることもない。改悛して、真の幸福に到達する機 会はいつでもあるのだ。そしてこれは、福音書でも次のように表明され ている。

「もしある人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば、 九十九匹を山に残しておいて、迷った羊を捜しに行かないだろうか。そ してもし見つけられたなら、その人は、迷わずにいた九十九匹のことよりも、その一匹のことを喜ぶだろう。そのように、これらの小さな者が 一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない」(マタイ 18,12-14)

2.魂の生命は永遠であり、死は存在しない。
「 体を殺しても、魂を殺し得ぬ者どもを、恐れるな」(マタイ 10,28)

「天に昇った者はいないが、天から降りてきた者はいる」(ヨハネ3,13)

二番目の節の意味については、前にすでに話している。これは、出産を経て物理的に生まれ変わる全ての人は、霊界(天)からやって来て、 肉体の死後はそこに戻るという意味だ。

3.地上の人間の務めは、無条件に愛すことを学び、我欲から解放されることだ。魂がどれだけ成長したかは、愛の力量だけで量られる。愛が 我々を進化させる、つまり、神へと近づけるのである。

「あなたがたも聞いている通り、『隣人を愛し、敵を憎め』と言われている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。天の父 は、悪人の上にも善人の上にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない 者にも、雨を降らして下さるからだ。だから、あなたがたの天の父が完 全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」 (マタイ 5, 43 – 48)

「わたしの戒めは、これである。わたしがあなたがたを愛したように、 あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネ 15,12)

4.霊的進化は、自分自身の努力にかかっている。人間の死後の運命は、 生存中の「愛の法則」に基づいた行為、あるいは反した行為によっての み、決定される。

「しかし、真理を行なう者は、光の方に来る」(ヨハネ 3, 21)

「まことに言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、みな天においてもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう」(マタイ 18, 18)

5.各人は、それぞれ神との独自の繋がりがあるので、仲介者に依存して霊界と交信すべきではない。

「そこで、あなたがたに言うが、祈って求めるものは何でも、すでに叶えられたと信じなさい。そうすれば、その通りになるであろう。また祈るとき、誰かに対して恨み事があったら、赦してやりなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの過ちを赦して下さ るだろう」(マルコ 11, 24-25)

「そしてこれが、神に対する私たちの確信だ。すなわち、何事でも神の御心にかなう願いをするのなら、神はそれを聞きいれて下さるということだ」(ヨハネによる第一の手紙5章14節)

「そこで、あなたがたに言う。求めよ、さらば与えられん。捜せよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん。すべて求める者は得、捜す者は見出し、門を叩く者には開かれるであろう。…このように、あ なたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い物を与えることを 知っているのだ。とすれば、あなたがたの天の父はなおのこと、どうし て求める者に聖霊を下さらないことがあろうか」(ルカ 11, 9-13)

6.魂の成長は、ただ一度の肉体生では終わらず、高度な霊性を獲得するには、多数の転生が必要となる。

イエスは彼に答えて言った、「よくよくあなたに言っておく。人は誰でも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」 ニコデモ は言った、「年をとっているのに、人はどうして生まれることができる のですか。もう一度、母の胎に入って生まれることなどできましょう か」 イエスは答えられた、「よくよくあなたに言っておく。人は、水 と聖霊とから生まれなければ、神の国に入ることはできない。肉から生 れる者は肉であり、聖霊から生まれる者は霊である。あなたがたは新しく生まれなければならないと、わたしが言ったからとて、不思議に思う には及ばない。(.  .  .)天に上った者はいないが、天から下った者は いる」(ヨハネ 3, 3-13)

7.「霊的裁きの法則」または原因-結果の法則。自分がまいたものを 収穫する。

「人を裁くな。自分が裁かれないためである。あなたがたが裁く通りに、あなたがたも裁かれ、あなたがたが量る通りに、あなたがたも量られるからだ」(マタイ 7,1-2)

「だから、何事でも人びとからして欲しいと望むことは、人びとにもその通りにせよ」(マタイ 7,12)

8.この他にも人が住んでいる世界はあり、ここと同じ目的がある。すなわち、霊性進化の学校として役立つことだ。

「わたしの父の家には、住まいがたくさんある。もしなかったならば、 そうあなたがたに言っておいたであろう」(ヨハネ 14, 2)

*イエスの発言に言及する時に、どうして福音書を引用するのですか。

福音書に収集されたものに限定されずに、イエスの教えを説明する方 が、私にとっては簡単だ。だがそうしても、イエスが語ったものだと君たちが認めないであろうから、文献に記載されている彼の言葉を使用することに留めるのだ。そうすれば、私が勝手に創作しているのではないことが、君たちにも分かるだろう。

*霊的な観点からは真実ではなく、イエスの死後に付け加えられたキリ スト教の信念を、幾つか挙げていただけますか。

沢山あるが、霊的進歩に一番悪い影響を及ぼす、最も重要なものを挙 げてみよう。

1)宗教儀式の執り行いに道義的・精神的な何らかの価値があり、死後に天国での特権的地位の確保に役立つという信心。

2)聖書や他の聖典が神の御言葉であるという信念。

3)教会や聖職者が、地上における神の仲介者だと信じること。

4)悪業を清算するには、告白が必要であり、司祭から免罪されれば解 消されると信じること。

5)最期に後悔すれば罪があがなわれる、という信念。

6)イエスは十字架上で死ぬことで、人類の罪をあがなったと信じるこ と。

7)原罪への信念。

8)性が何か罪深いものだと信じること。

9)ただ一度の人生で、魂の行く末が永遠に決められる(救われる者に は永遠の天国と栄光が約束され、罪人には永遠の地獄と罰が待ち受け る)と信じること。

10)キリスト教徒と信者だけが救われるという信念。

11)肉体の蘇りを信じること。

*元々のイエスの教えにはこれらの信念がなかった理由を、一点一点、 説明下さいますか。

よし、そうしてみるとしよう。これらの信念に、どうして「魂の法 則」と矛盾する点があるのか、一つずつ順番に説明してみよう。

*最初のものから始めましょう。霊的視点からは、儀式や聖礼には何の有効性もないと言われましたね。

その通りだ。

*それは、どうしてですか。

霊道に、近道などないのだ。我々を霊的に進化させる、すなわち「救済する」唯一のものは、自己改善であり、我欲を手放し愛の能力を成長 させることだ。それ以外にはない。

*でも多くの人が、それを最も重要な事柄の一つだと信じていますよ。

自分自身を騙しているか、そのように騙されたいのだ。

*では、救済には儀式が不可欠である、という信念は、何に由来するの ですか。

様々な教会の指導者たちが、人びとの霊性を監督し、私益に利用しようとしてきたからだ。「我々の言うことを聞けば、善人にならずとも、 天国で優遇してやる」、と要請するようなものなのだ。

*でも教会は、善い人にならなくてもいい、などとは言ってませんよ。 その上で、戒律も守るようにと、要求しているだけではないですか。

言葉ではそう言っていないのだろうが、既成事実がそう言っているの だ。

儀式や聖礼や式典 ―派手であれば派手であるほど良い― に従うように あれほど強調するにも関わらず、隣人の支援に力を入れていないのなら、 そう言っているのと同然なのだ。

*それなら、宗教に儀式があるのは、良くないことでしょうか。

人びとの霊性進化を操作したり逸脱させるために、儀式を利用するの は、良くないことだ。必要ないのに、どうして儀式を行い続けねばなら ないのだ?

*霊的なメッセージを喚起させる手段として、設けられたのではないで しょうか。

だが歴史を見ても、儀式や象徴は、メッセージを喚起するために役に 立つ代わりに、代弁していた筈のメッセージ自体に置き換わってしまうことが多い。そして、それらの儀式や象徴を楯に取り、従うべき信仰に はことごとく反するという、さらに大きな過ちを犯してしまうのだ。

その一例が、十字軍と宗教裁判だ。胸元に目立つ大きな十字の印を付けた服を着た人たちによる、大量虐殺や殺人だ。彼らは毎日、聖体を受 けていたのだが、手には聖書を握ったまま、死の宣告を行ったのだ。隣 人に対する愛の教えは、一体どこに見出せるのだろうか?

*でも、聖餐式のように、イエス自身によって伝達された儀式もありま せんか。

いいや、そうではない。イエスが、自分が処刑されるまでに時間が残されていないと悟り、別れの晩餐に弟子たちを集めたことは本当だ。だ が彼は、聖餐の儀式だけでなく、その他のいかなる儀式・式典・聖礼も確立しようなどと考えてはいなかった。

さらに言えば、たとえ象徴的であろうと、キリストの肉体や血を口に するのは、カニバリズムを連想させ、イエスはそれと何の関係もない。

*では、聖餐式の儀式は何に由来するのですか。

それ以前からの宗教儀式が、キリスト教に組み込まれたのだ。実際のところ、そういう式典は全て、イエスの使徒を指すキリスト教徒の名称や彼らを象徴する十字の印と共に、後世に導入されたものなのだ。

*でしたら、十字の印もイエスに由来しないのですか。

十字架というものは、イエスの時代には、今の電気椅子と同じように、人を処刑するために用いられていたのだよ。正常な判断力があれば、自分の信仰の象徴に十字を使おう、と思いつく者など誰一人としていなか ったろう。イエスが現代に生まれ電気椅子で処刑されていたとしたら、 ペンダントとして電気椅子をぶら下げようとする者がいないのと同じこ とだ。

*このようなお話はかなりショッキングで、キリスト教徒やカトリック 信者には、なかなか受け容れられないのではないかと思います。

そうかもしれないが、それが真実だ。またこの場では、霊的な真相に目を開くように、努めているのだ。

イエスの地上での任務が、霊性進化の道を示すことであったと思い出してごらん。あの時代の宗教組織は、多くの迷信と偽りで人びとを怖れ させ、自らの富と権力への願望を満たすために神の名を利用して、長きにわたって、人びとの霊的な成長を阻止してきたのだ。複雑な儀式制度で気を逸らし、自分たちの思いのままにお金を巻き上げることに利用し、 人びとを犠牲にして、派手な暮らしをしていたのだ。そして、イエスが その事実を明白にしたので、彼を殺したのだ。

当時のユダヤ教会は、イエスの人物像を利用して教えを操り、人類の霊的な成長を阻んで生き永らえてきた今日の教会の姿と、非常によく似ていたのだ。もういい加減に、きちんと正されるべきだろう。

*儀式に反対なさるあなたの論拠はどれも大変結構なのですが、キリス ト教徒からすると、聖書に記載されていないことは…

それなら、マルコの福音書の第12章(29-34節)を調べてごらん。そ こには、ほぼ同じ教えが収められている。

彼らが論じ合っているのを聞き、一人の律法学者がやって来て、イエスが巧みに答えられたのを認めて、彼に質問した、「すべての戒めの中 で、どれが第一のものですか」 イエスは答えられた、「第一の戒めは これである、『イスラエルよ、聞け。われらの主なる神は、ただ唯一の主である。心をつくし、魂をつくし、意志をつくし、力をつくして、主 なるあなたの神を愛せよ』第二はこれである、『自分を愛するようにあ なたの隣人を愛せよ』この二つより大事な戒めは、他にない」 そこで、 律法学者はイエスに言った、「先生、仰せの通りです、『神はひとりで あって、その他に神はない』また『心をつくし、知恵をつくし、力をつ くして神を愛し、また自分を愛するように隣り人を愛する』ということ は、すべての燔祭や犠牲よりも、はるかに大事なことです」 イエスは、 彼が適切な答をしたのを見て言われた、「あなたは神の国から遠くな い」

*第二点目では、聖書や他の聖典が神の御言葉である、と信じることは 間違いだと言われましたね。

そうだ。

*では、聖書が神の言葉でないのであれば、何だとお思いになっている のですか。

旧約聖書は何冊かの本がまとまったもので、イスラエルの歴史の一部が収められているが、指導者たちの征服欲を正当化し、それが「神の意 志」であったと見せかけるために都合がいい修正がされている。

また、平均よりも霊的に進化した存在、つまり預言者たちのかなり正しい教えも記載されているが、それはすでに、宗教的な信仰が狂信的に操作されていることを警告しており、真の霊性とはいかなるものかを垣 間見ることができる。

一方、新約聖書は、イエスの生涯で最も特出した事実、特に最後の数年間の公での説教、に関する口頭伝承を収録しようと試みたものだ。イ エスが伝えようとした教えを部分的に収めた「福音書」と、以後の使徒 たちの生活「言行録」と、人類の未来に関する著者の一連のヴィジョン を集めた「黙示録」とから成る。

(その2あるいは3を読まれる方は、以下のリンクをクリックしてください。)

魂の法則:イエスの地上での使命ーその2ー

魂の法則:イエスの地上での使命ーその3ー

 

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